【DTMer ボカロP】T.Motoieの雑記録

DTMやボカロ関連の話を中心に書いてます。

オタクの話2

少し前に音楽の絡みでオタクを語ったがとある記事でオタクと言う文字を目にしたのでもう一度
フォーカスしてみる。私はもう55歳になるが中学で面白い地上波アニメのために運動部を辞めて
帰宅部になった類だ。その後、外が夏は暑く冬は寒いのがイヤで当時、唯一エアコンがあった理科室を
拠点に活動していた科学部に入った経歴を持つ。
高校では漫画部がなくそれに類する同好会に入っていてそこはまさにオタクの巣窟だった。
そして中学の頃から漫画家になりたいと思っていたし、今でも音楽とは別に創作じみたこともやっている。

こういう経歴ならまさに「オタク」認定だろう。
そして私の時代の学校生活ではこういう事情が知れればすぐにオタク扱いされたし、舐められる存在だった。
今でこそそうでもないかも知れないが私の子供時代はケンカが強い=格好いいとか畏敬の念で見られる、尊敬される
時代だった。そして運動が出来るやつらは基本的にケンカ早かったし、文化部に比べても強かった。
つまり私のような文化部的な奴らが彼らのカモ、下に見られる存在なので、ことある事に虐げられてきた。
そして反論しようものなら表に出ろみたいな空気を醸し出す。女子は女子でケンカが強い方が格好いいとか
オタクはキモいという目でしか見ていないから自然と見えない壁が出来て来る。

そうすると内向的になりやすく似たような傾向の人々が集まりやすくなる。
男子では容姿がダメ、頭も悪い、清々しさがないなど女子ウケしない、外向きでない人々。
一方女子でも同じように容姿がダメ、流行りの話に乗れないような人々はやはり内向的になりやすかった。
※必ずしも絶対ではなく私の周囲ではそうだったという話だ。

漫画やアニメに興味がある人はそう言うサークルで盛り上がれる。現実世界で虐げられている部分、そこでは
自分の居場所はある。前の記事で「傷の舐め合い」と書いたのはそういう趣旨で書いている。
しかし、私は違和感があった。自分もそういう意味では「普通の人」からはオタク扱いだったが自分では一線を敷いていた
ところがある。細かい話をするとアレだけど私は創作屋であって二次制作屋ではない。今でこそ音楽のためにミクを二次制作に
使うけどそれでもコミケで販売とかそういうのではない。

他人の作品のヨタ話で盛り上がる、コスプレ、台詞マネ、模写。これらは自分の創作ではなく他人の創作に乗っかているだけ。
今はどういう位置づけなのか知らないけど当時はこういうことを中心にしている人の方が多かったが今の方がもっと多い。
そしてコミケも40年前は創作屋もいたがブースの面積は二次制作の1/50ほどだったと記憶している。そんな私も35年前に2度ほど
コミケには行ったが私の興味の中心は創作屋との交流だったが、長蛇の列の99.999999999999999999999%は二次制作の購入だった。
私はそんなのには一切興味が無かったのでプライオリティレーンのように入れて欲しかったが当時はそういうのもなかった。
それ以来、コミケには行っていない。創作屋との交流はネットの時代になるとわざわざ行く必要がなくなったというのもある。

話を戻すとそういう意味ではオタクの定義は
「学校生活で頭も良く、運動神経抜群で、容姿も良く、ケンカも強い人から虐げられた人々」と言うことが出来る。
今では家庭に問題を抱えている人々もそこに入って来るのかも知れない。
昔は前者の方が圧倒的だった。
だから普通の会話をするにしても運動が出来るケンカが強い人々は始めからケンカ腰か上からものを見る態度で接してくる。
高圧的でないにしてもハナから舐めた認識で見ている。
私からすると運動が出来ると言っても大してデキるわけでもないのに(総体やインターハイで優勝するとか)ちょっと運動が出来るからと
調子に乗っている連中としか見ていない。それで態度がデカいのは軽蔑の対象だったが。そもそも話が通じる相手ではないので
そう言う議論にはならない。言い出そうものなら満座の前でボコボコにされて終わり。今のように問題視されることも無く
「ケンカは止めような」で終わりだ。家に報告もされないし、自分も家でヤラれたことは言わない。
そういうのは普通だと思っていたしデキない人は奴隷になるしかないと思っていたから。

だから今はどうか知らないけどそういう「虐げられた人々が集まって内向的に漫画やアニメで盛り上がるのがオタク」という認識だ。
括りで言うと私もその部類だが自分で創作するというスタンスは持っていたので括りは同じでも違うと思っている部類。

今でこそコスプレも普通になってきたがそれでもやはり普通の人から見ると変わった人々と言う認識は変わらない。
もし彼氏彼女がそういう傾向だったら反対されるに違いない。差別は無くなりつつあるもののそもそもは社会の中で居場所がない人々が
少なくとも非現実世界では自分の居場所で生きていけるということだろう。
つまりそういう人が多くなればなるほど社会は歪んでいるし、弱者の救済が形だけのものであるとも言えるのだ。

だけどこれだけは言っておきたいが、だからといって傷の舐め合いで終ってはいけない。社会がダメなのだとしたらそこでどうやって
前を向いて生きて行くのかを考えないといけない。AI彼氏、彼女などはそういう典型的な例だ。現実世界では理想の相手がいないから
画面の中の世界で満足しているのは何かを解決しているのではなくただ逃げ場にこもっているだけ。オタクとはそう言うものだとも思うが
それでは何も解決しない。ミクを愛しても現実は変わらない。それは自分が住んでいる現実社会を(イヤなものかもしれないが)疲弊させる
一撃になってしまっている。それは最終的には自分がこもっている世界の土台を壊すことに他ならない。

だからそこで何をどう見て、どう感じて、それを解決策としてどう見出すかが大事なのだろうと思う。

ここでは音楽の話を書いているからそれに紐づけるとするとミクが仮想空間の癒しで終ってしまってはいけないということだ。
世界的な広がりを見せるこの現象をどう捉え、世界的に何が社会に起こっているのか?ミクを愛する世界の人々が何をどう思って、感じて行動に
つなげているのかを見ないといけない。そこには共通する何かがあって新しい社会の構築のヒントもあるはずだから。

ボーカロイドの登場で音楽制作の垣根は完全に取り除かれたがそこに裾野を広げる動きがあるか?無いと思う。
新しい表現方法を手に入れたのにそれをどううまく利用しているのか?あまり上手く利用されているとは思えない。
どこに原因があってどうすべきなのか?そういうのを考え行動するのが大事だと思う。傷の舐め合いで終ってしまっていては
未来は変わらない。オタクとして虐げられたからこそ出来ることもあると思っている。あなたはどう行動しますか?

音源セールの告知が必死過ぎる件

どことは言わないが音源セールの告知がメールを通じて頻繁に入って来る。
そもそもDAWなんてそんなに需要があるわけではなくミクが突出して人気があるから
勘違いしているのではないか?と思う。しかも楽器1つに対して1つの外部音源だから
いいものをバンドサウンドで揃えようとすると10万くらい掛かる。(値引きなし)

こういうものが沢山売れるには素人に売るのが一番良いと思うがそもそも前にも書いたが
ボーカロイドを使ってみたいと思っている音楽に素人の人がDAW買って音を出すことがすでに
難解。まずそこを突破で来てからの話になるがそれが難しい。突破しても音楽を作るのは
そんなにポンと出来るわけでもない。AIに作ってもらったものをオリジナルと言うのもインチキだし
よっぽど音楽を作ることが好きでないと続かない。

そうなるとこういった音源が爆発的に売れるというのは殆どないと言って良い。
しかも音楽を作って投稿しても閲覧がそんなに伸びるわけでもないし、収益化もまず素人の音楽は
引っかからないように出来ているからモチベーションを上げるにも余程自分の音楽性を自分の意志で
貫いて世の中から相手にされなくても自分の世界を貫ける人でしか一般からの継続はない。

そうなるとだいぶふるいに掛けられて続けられる人はかなり減る。
ミクを始めたするボーカロイドを買っている人でも外部音源を買ってやる人は少ない。
CUBASEなら付属の簡易版ハリオンソニックという無料で付いてくる音源で十分対応できるのに
それ以上を望もうとするとさらに人数は限られる。

いったい誰に向かって宣伝しているというのだろうか?

そういう販売元もイベントで募集する一般からの楽曲も最終的にはワケありプロのものになってしまうが
それが出来がいいからともかくだ。まぁ、その辺は、トレンドや趣向もあるから一概にとは言えないが
アンケートを差し向けて来るくらいだから何か後ろめたい気持ちもあるのだろうか??
まぁ、そんな裾野の底上げを根底からひっくり返すようなことをしておいて「音源が売れない」なんて
当たり前だと思うがね。そもそも裾野を広げないといけないジャンルなのにそれを阻害するのだから
DAW使って音楽作ってボーカロイドに歌わせようと思う人も少なくなるよね。

ミクというコンテンツが独り歩きし、音源が売れなくても会社が続くから勘違いしているようだが
元々はそういうあまり世間では売れないものを作っているのにミクと言うコンテンツを裾野を広げる方には
使おうとしないのだから先細りはしていく。今はまだいろんなイベントも人が来るから何だか儲かっている、
注目されているように見えるが、本来達成しないといけない音源販売は40%オフでも売れない、何度広告を入れても売れない
事態になっている。何度も言うようだけどプロアマ問わないという文言で防御線を張っているがそれで3年連続で
プロを採用するとなると何かしらの癒着も疑われる。

それで世間は(おそらく)少なくとも創作界隈では冷めた空気になっているのに音源セールなんて何?という感じに見える。

ピアプロの運営が選ぶ注目の作品も選ぶ基準も曖昧だし、やり始めの人が希望を持てる仕様になっていない。
そういうアレなので私は自分が思った作品はコメントを入れるようにしている。mixも調整もベタ打ちでも
メロディのセンスの良さは音に出るので良いものには良いと書くことにしている。

そうやってコミュニティが健全であり続けるよう少しでも何か希望の持てることでもないと音楽制作も続かないだろう。
特にやり始めの人は。閲覧数も50が良いところで反応も無しならフェードアウトしていくのが普通だろう。
そういうことを販売元がどこまで考えているのか知らないが音源が売れないと騒ぐくらいなら足元を見つめ直さないといけない。

AIに聞くDAWの使い方

DAWの使い方は余程勉強しつくしたか、業界人でしかその機能を完全に使いこなせない。
というのも使い方そのものがマニアック過ぎるし、解説本も親切でないしおよそ素人が簡単にではない。
全く使ったことが無い人がDAW買って、ボーカロイド買って音楽作ろうとしても音を出すことすら
ままならないことが多い。本を買って調べても分からない。ネットで調べても分からない人は
AIに聞いた方が早いかも知れない。

edgeを使っている人なら右上にある「チャット」というのがAIでCopilotと言う。
これはMSのAIで別にGoogleでも良い。しかし、知的な感じがするのはCopilotかも知れない。
そしてそれにどんなDAWを使っていてインストールしたがどうやったら音が出せるようになるのか
を聞いたら詳しく教えてくれる。

今までなら電話やチャットで本物の人間に聞いていたことをAIにしてもらう感じなので聞きやすい。
ホンモノの人間に聞くと販売元もメーカーも態度が横柄なことがあるので気分を害したくないならAIに
聞いた方が良い。だから人間の仕事も無くなってくるのだろうけども。
業界人は無駄に知識だけ豊富で素人相手に優しく教えることが出来ない。よく言えば「職人だから」だが
そんなに安くないカネを払って買っている客に対して取る態度ではない。
しかし、腹を立てても目的は好きなように音楽を作ることなのだからそのようなカタブツを相手にしても
仕方がないし、気分を害するのもよくないのでAIに聞いた方が良い。

私が聞いたのはハリオンソニックというCUBASEに付いている音源の使用方法だったりしたが
あまり使ったことが無い、何とか音は出せて音楽も作ってボーカロイドに歌ってもらったけどまだ音質に不満、
という人はさらなるステップアップが求められるがそこからが問題。音を出すよりさらに難解なmixやmasteringという
作業が待っている。それをやるにしても1つのパートに1つの出力を割り当てる、各パートの音に迫力を出すための
エフェクトのインサートやマスター出力に最終的な調整を入れるなどやることが一気に増えるが
すでに音を出しただけで良かったと思っている人にとってはこの上に並べた用語がすでに未知のもので何を言っているのか
分からないと思う。私もそうだったからその気持ちはよく分かる。
私は業界人ではないし音響のプロでもない。だからマニアックでも無ければ職人でもない。
純粋に音楽作りたい人なので困っている人、これからやってみようと思っている人がちゃんと音楽作りが出来るように
なったらいいなと本気で思っている人です。

なので前はやり方をいろいろ書いていましたが自分の文才がないため無駄に文章が長くなるのであまり気が進まない。
最近になってAIに聞いていろいろなことを知るようになり、DAwの使い方も聞いて教えてもらうことに気が付いた。
なので自分がしたいことをダイレクトに聞けばAIはあなたとの会話をしながら色々教えてくれる。

そして聞きたいテーマが変わる時には「新しい会話」を選んでそこからやった方が良い。AIは今までのあなたとの会話を記録しているから
前に聞いたり相談したことを覚えているからそういう過去の経験も加味しながら教えてくれる。
「音の出し方が分からない」
「途中で楽器のボリュームの強弱を入れたい」
「エフェクトをここで別のものにしたい」
など聞きたいこと、自分がどうしたいかをAIに質問したら教えてくれる。
各パートにそれぞれの出力を割り当てるということもなぜそれが必要かと言うとそれぞれの音色に掛ける
エフェクトが違うから。ピアノにはリバーブをギターには歪を追加したいが音を集めて1つの出力からしか
出さないとそれが出来ない。だからピアノにはピアノの専用出力、ギターにはギターの専用出力が必要になる。
こういうこともAIに聞いてみればどうすれば可能かを丁寧に教えてくれる。

ただし、どんなDAWのどういうクラスのものを使っているかをちゃんとAIに説明しないと自分が持っているDAWにはない
機能を使えとか言ってくる。AIは最上位のDAWの仕様を元に話をするから私のようにCUBASE Artistを使っているとCUBASE proの
話をしていることがある。そしてCUBASEにはエレメンツという廉価版があるが多くの人はこれが一番安いし入門モデルなので
ここから入る人が多い。なのでエレメンツを使っているということをAIに始めに教えておかないと使えない機能を
使わせようとする。そういう問題はある。

もっとアバウトな聞き方でも良い。
「もっと音に迫力を出したいけどどうしたらいい?」とか「ドラムのキックが弱いから強くするにはどうすればいい?」とか。
「ベースの音をもっと強調したいけど音楽全体のバランスを崩したくない」とか。
あとよくあるのがボーカル。
「ボーカルの音を前に出したいけどどうしたらいい?」とか。
そうすると何時間でもあなたに付き合ってくれて満足いくまでやり取りが出来る。
最近は何でもAIに質問した方が早いと思うようになってきた。
ネット検索だと余計なものまで出て来るけどAIはその中から必要な情報を瞬時に取り出して
説明するから疑問質問は全部AIに聞くのは早い。

応援したくなる曲

私はもうかれこれ97年くらいからDTMをやっている。未だに音楽の専門用語もあまり知らないし
イロハのイの字も知らない。だから音楽のプロや専門家からすると0点だろうと思うがそのプロも
大したものでもないのに専門家気取りする者も多く、日本の小さなコップの中で知ったかぶりしている
だけなのに何でも知っている、オレはプロだ。私は学校にも通って技術的なことを勉強したとか言っている。
理屈だけは立派だがじゃあどんな音楽を作るのか?というとなるとどっかで聞いたような音楽のコード丸コピとか
一部を替えただけでメロディ進行は同じとか、使っている音色が同じ、仕上がりが皆同じに聴こえるなど味も何も
ない。外国はそういう専門家ムラのようなものは無く、実力勝負というところで良いものが上がって来る仕様に
昔からなっている。それはビートルズから始まり。

日本の場合、音楽業界も含めた芸能界の構造が江戸時代から続く古い座と呼ばれる仕組みの延長らしく
そういう芸能界の事務所を頂点とする縦社会で出来ている。なので最近は特に感じるが事務所が推すものを
テレビでしきりに顔見世行為を行ってプロモーションを強化しているのを感じる。

しかし、そういうプロモーションを掛けたところで売れないものは売れないから自然消滅したものも多い。
要するに事務所とか芸能界のウエとは言え、人の動きを読むのは難しいということだと思う。

そういう何か分からないけど欲に塗れた者たちの作り出すものよりも遥かに良いものがある。
それはDTMからボーカロイドの登場で可能になった素人の音作り。そこには何の利益追求の野望もなく
純粋に音楽を作りたいという気持ちだけで作られた音楽がある。
確かに誰でも作れるからと言って音楽的に整っていないといけないところはある。
しかし、そういう足らないところは後からいくらでも学んで自分の糧にすれば誰でも素晴らしい音楽を
作ることが可能だ。

中には本当に磨けば良いものになると思われる人もいてそういう人は応援したくなる。
なのでピアプロでもそういう人にはコメントを入れることにしている。
ただし、その基準と言うのは誰もが持っている違う基準でしかなく私は私の基準でしか判断しない。
誰でも持っている音楽の方向性や趣向性に合わないものには反応はしない。

なのでさっき上で書いたようなプロたちの界隈も誰かの耳には熱狂的に入るかも知れないが私の耳には何も残らない。
韓国の音楽も洋楽を徹底的に分析して作った音でありそれがダンスと成形された容姿の良いと思われる人が歌って踊っている
だけに過ぎない。そういう研究は国家的なプロジェクトで行われていて韓国のような資源も技術もない国は
エンタメで生きて行くしかなく死活問題なので必死でやろうとしている。そしてそういうところで「開発」された音は欧米で、
容姿は日本で大々的なプロモーションを行ないテレビ、ネット、ラジオで国家予算が入って行われている。

なのでたまに日本に当てつけのようなことが起こるのも背後に何がいるかを見れば納得がいくだろう。

いけないのは日本ともあろう国がそういう韓国のマネをしようとしているところだ。日本の組織も往々にして時間が経つと
権力化と固定化が進み新しいものが生み出しにくくなる構造を持っている。だから安全パイに行こうとし、そういう成功体験にしか
乗らないようにしている節がある。

実につまらない。

そんなものを見聞きするくらいなら素人であっても、拙い入力でも、「自分の音」で紡いだ思いの方がはるかに美しく、心に刺さる。
そうなるとコメントを入れたくなる。応援したくなる。しかし、彼らがプロを目指そうとするとその前に立ちはだかるのは芸能界のような
壁だ。本来DTMやボーカロイドはそう言うのとは別の軸であったはずなのにそこで活動していた人々は芸能界へ行ってしまい
それらに染まっていく。それは良いことなのだろうか?私はだからこそ音声合成をやっている会社が集まって新しい組織を作って
新しい音の発掘をするための裾野を広げるためのコミュニティを作った方が良いと思っている。昔はあったが今はどうだろうか?
ミク人気が衰えないからと言う理由で初心を忘れていないか?

そんな中で日々投稿されるオンガクの中で小さくて見えないような存在かも知れないけど果敢に音楽制作をしている人を
他が見落とすかもしれないセンスを拾い上げたいと思っている。
私はその基本というか本来の目的を失いたくないと思っている。
しかし、最近ではYOUTUBEでもただ有名になりたいという欲望だけでなりふり構わないことをしている人もいる。
そんなことをしなくても拾い上げられるようなものがあれば良いのだろうが・・・
小さな音の欠片でもいいから勇気を持って投稿しよう。そしてどっかで聞いたような音楽のコードのモノマネや一部音符を替えただけでメロディは同じ、似たようなものというのではなく、自分の音で勝負しようじゃないか。前にも書いたが音楽は身の回りにあるものだけではない。古いものからジャンル別まで良いものはいくらでも存在する。それをたくさん聴いて自分に蓄積していけばきっと自分の音として生み出せるはずだ。

トルコの方が作る音楽に感銘を受けた

ボーカロイドはいろいろな言語に対応していますがトルコ語はしていない。でもそんな中でも
ボーカロイドや音楽作りに情熱をかけている人がいる。日本語ライブラリをトルコ語で表現するのは
非常に難しいと思う。でも上手く使いこなし美しい音楽を聴かせてもらった。

私はこの情熱をYAMAHAやクリプトンフューチャーの関係者にも知ってもらいたい。
彼らはこういう人々が世界中に居ることを認識しているのだろうか?
ミクが歌って私の音楽を届ける。こういう人々の声を聞いているのだろうか?
これは前にもここにも書いているが音楽制作においてのブレークスルーを起こしている。

ミクのイベントがオタクたちに長年ウケているからそれで満足していてはダメなんだと思う。
確かに漫画を輸出した関係で世界にもオタクが増えていることは間違いないがそれも界隈であって
広くあまねくではない。純粋に音楽が作りたい、ミクに歌って欲しいという思いをもっと受け止める
べきだろう。それを作った方がそこまで認識していなさそうなのがイタい。

世界中の人がその国で育った、文化を身に纏い、その国の音楽を、その国の言葉で作る。
素晴らしいことだと思う。どの国の人にも可能性はあるのだからそういうのをもっとやるべきだろうと思う。
日本語ライブラリしか用意できないなら発音記号を各国の言葉の近いものと併記するようなものを作るとか
そういう努力が欲しいよね。提供する側に。イベントのことばかり考えてないで裾野で音楽を作っている人の
ことも考えて欲しい。

私はどっかで聞いたようなテンポ200越えのようなカクカクしたような何歌っているか分からんようなものより
はるかに価値があると思っている。中にはV2日本語ライブラリしか手に入らず、その日本語で英語で歌わせている人もいる。
その努力と情熱の方が伝わるものも多い。トルコ語だってそう。無茶苦茶難しいと思う。それでも音楽の質、音質、
ボーカロイドの入力の質ともに素晴らしい。これぞ音楽作りだ!と言う感じが伝わって来る。

感性は個々に違うから何を聴こうがどうしようが勝手。でもやはり心の本質にあるものが違えば伝わり方も違う。
こういう刺激が自分の音楽作りにも反映される。価値を感じる。

傷の舐め合いだけで「その先」がない

オタク、ボカロ曲というのは内向きとか、殻に閉じこもってというところで共通している部分があると思う。
オタクと言うと絵描きも全般的にそう思うから一括りにしているが、自分もそういうたぐいの人間だから
ある意味分かる部分がある。
1.子供の頃から運動が苦手
2.容姿がイマイチ
3.学校の成績もよくない
4.自分もイジメるがイジメの対象でもある
5.ケンカが弱い
6.口下手
7.恥ずかしがり屋
8.なので上がり症
9.何をやっても中途半端
こういうのを並べると「のび太と同じ」でオタクと呼ばれる人はどこかこういうところを抱えている人ではないだろうか?
そしてすべてを内包しているのが私でもある。だからこう言っても問題は無かろう。
(そして最近では家庭内のトラブルも入って来る。親の離婚、暴力、性的虐待、貧困など。)

そして昔は漫画家も目指したし、今でも30年続けている創作で作ったキャラも好きだし他人の特定の創作物や
何かに深く入り込まないが私もオタクと言えるのだろうと思う。
そういう私だから言えることもある。そして決定的に違うことも言える。
そう、おそらくあそこからが分岐点だった。エヴァンゲリオン。ここを始まりにして不遇の環境にあるから次どうする?
と言う形の物語設定が「何もしなくていい」とか「ありのままでいい」という風潮に変わっていった。これが問題。
なぜかと言うと、「人間は困ったことが起こったら必ず解決策を見つけて解決してきた」という人間の進化の根源を
捨てるということに他ならないからだ。

エヴァから始まったこの系譜は今もなお引き継がれ「次どうする?」がない。
ボカロ曲もそうだ。何か心の傷を表現しようとしているのは分かるが、次どうする?がない。だから聴く方も共感するが次が無い。
これはつまり「傷の舐め合いをしているだけで終ってしまっている」ことを意味している。

正直、これは何も生まない。解決もない。今のままでずっと「つらいよね」「悲しいよね」と慰め合っているだけ。
それは永遠に続き次の一手が無い。そこから何か出てきても発信しないから分からない。解決したのかも知れないが
他者に見えないならしていないのと同じだろう。「不遇の環境からどうやって脱したか?」がないと何の意味もない。
ただ共感して終り。それはこれからもずっと苦しいことが続くことを意味する。傷の舐め合いだからその時は一瞬楽になるかもしれないが
またすぐに苦痛の中に身を置くことになる。

人間は進化の過程で物理的にも精神的にも追い詰められていた瞬間が存在した。そしてその中で寒さには毛皮、体を覆うためには針と糸で縫う。
獲物が見つからないなら住んでいる近くに植物を栽培する、家畜を飼うというところから農耕、畜産を生み出した。
それは「寒いね」で終っていないから。「腹が減ったね」で終っていないから。「次どうする?」を「こうした」があるから今がある。

しかし、ボカロ曲の多くは闇、陰、陰鬱、怒り、閉塞感などをまがまがしい歌詞と音楽で彩る。自傷行為でないだけマシだがそれは表現における
自傷行為と言っても良いような感じで不気味だ。それはそれで共感しあう「友」がいるのだから良いのだろうけど「次どうする?」がない。
「俺はこんなに傷ついている」「私はこんなに悲しい」と言うのを表現するのは良いが・・・

しかしそんな中でも「そうだね」って言われたところで何も解決しない。どうするのか?を考えないと。
それでも前向きに生きて行くのか?自分のことは自分で解決するのか?その壁を乗り越えてみせると決意するのか?
どうやってその壁を乗り越えようとしているのか?がない。

私のように「落ちこぼれ」は皆そうなりがち。そして家庭にも問題を抱えていたらなおさらだろう。
しかし、私はただの傷の舐め合いで終りたくないしそんな無駄なことで終わりにもしない。

運動も出来ないし、勉強も出来ない、何をやっても中途半端だけど自分なりの道を発見し生きて行っている。
そういうのがないとどこに救いがあるのか?前にも書いたことがあるが自分を本当に分かるのは自分しかいないから
もう一人の励ます自分を作って(誰でもいるでしょう?心の中の悪魔と天使の話の天使の部分)自分を鼓舞しなければ持たない。
そうしないから持たない。そしていつまでも「この傷見て、痛いのよ」「そうだね、痛いね、俺も見て見てこの傷」となる。
どうやって直すかがない。どうやって乗り越えるかが無い。

若い頃と言うのは人生経験が足らないからすぐ暴力シーンで迫力を付けようとする帰来がある。人生経験が豊富ならそういう表現も
話の作り込みで何とかするものだが分かりやすい暴力で解決しようとする。だから人生におけるいろいろな理不尽は自分の肥しと思えるくらい
が欲しい。今の不遇の環境も、過去の傷も、何か創作においては武器になる。それは経験しているだけに強い。しかし、だからこそ「どうする?」が
欲しい。そして同じ環境に居る人々への道しるべにならないといけない。だから家庭環境が悪いなら悪いで「俺は、私はこうはならない!」と反面教師に
して決意新たに進むとか。そういう傷を知っているからこそ他の人にやさしくいたいとか、同じ境遇の人が前を向けるように助けになりたい。
これが「次どうする?」ということだろう。

だから今の日本は世代が進む度に陰鬱な闇や影が蓄積されていく社会になっている。
闇が闇を呼び、陰が陰を作る。それは蓄積され将来にもいろいろな障害を残すことになる。
どの時代でも不遇の環境に居る人は居る。そしてそれは今の苦労からすると比べ物にならないくらい激しく、酷い。
それでも前を向いて生き抜いてきた人が居るから今がある。どの時代のどこかで誰かが諦めていたら今のあなた方はここには居ない。
そう言うことに対して「頼んだわけではない」とか「好きで生まれてきたわけではない」などというのはヘリクツも甚だしい。
親ガチャというのもそうだ。親が選んだのではない。厳密に言えばあなたの一部が早くたどり着いたからあなたが生まれたのだから
あなたの責任だろう。そして裕福だとか貧乏だとかいうのも大した話ではない。
知っての通り物欲は揃えたところで満たされない。本当に満たされるのはもっと身近にあることだろう。
しっかり眠れた、腹いっぱい食った、花が綺麗だった、空の青が眩しい、空気が上手いなどなど。

だから親ガチャなどどいう言葉も「傷の舐め合い」であり「次どうする?」がない典型だろう。
変な親の元に生まれたからどうする?環境の悪いところで生まれたからどうする?
そこに解決策を見出さない停滞に抜け道はない。

音楽作りにおける歌詞と深い英語表現

私はもっぱら音楽を作る時は英語の歌詞を付けている。そして2010年頃の英語翻訳は
とてもそれに対応できるものではなく、文法すらおかしいものが回答されることも多かった。
そして時代が進んで2018年頃には何となくグーグル翻訳が入れた日本語を英語に訳した時、
それっぽく見えるものになった。逆翻訳掛けて意味がおかしくならないかの検証もしてずっと
その方式で来ていた。それは「文法もままならない英語ー日本語翻訳ソフトからまともな翻訳が
出来たに過ぎず、「英語の歌詞としてふさわしいのか?」ということについては考えていなかった。

私は英語のサウンドも歌って歌詞も覚えてということもしていたから歌詞カードはよく見ていた。
そして英単語の配列でそれが歌詞っぽいのかそうでないのかを見極めていたがそういう努力も
意味が無かったことを知ることになる。

それはつい最近の話で、最近はエッジの右端にある「チャット」という文字が見えると思うがあれは
COPILOTというAIだ。あれはMSの開発だと思うがあんなところにこじんまりとしている。よく見ると
スマホにもインストールされているので結構身近なAIのようだ。
あれに聞いたところそんな私の英語の歌詞も文法は良いにしてもですます調であり、文章の様な英語であり
それは歌詞に使うには問題があるという回答だった。

AIの使用については私もこのブログでコキ下ろしていたがその後のいろいろな見識の中で生成と補助との違いを
勉強し、今は丸投げ生成を禁止しても補助(支援)として使用するのは違うということが普通になってきているようだ。

もちろん私が否定しているのはAIに丸投げしておいて自作と語るインチキのことだが支援や制作補助のために使うのは
問題ないということらしい。
何が言いたいのかと言うと歌詞を自分で作ってそれをAIに歌詞としてふさわしい英語にするのはAI生成でインチキしたのとは
違うということ。それは気になったので何度も調べて丸投げとは違うことを確認した。

丸投げかそうでないかの違いは制作の主体が自分なのかAIなのかの差だという。
音楽も自分で作って、歌詞も自分で作って文法とそれにふさわしい文章やですます調のではないものにするのにAIを使うのは
補助にあたり問題ないということだ。
というわけで私はすでに60曲以上を作っているがそれの歌詞が全部作り直しと言う気の遠くなるような作業が始まる。
それはさておきAIは英語歌詞のどこを見ているのか?を考えないといけない。
知っての通りAIは膨大な量のデータを背景にいろいろな質問や依頼を受けて回答している。それは音楽のおける英語の歌詞の作り方も
英語圏の人々の文化をすべて取り込んでおり、どの構成が作文でどの構成が英語のかしらしいものかを知っている。それは横だけでなく時間軸でも
見ていて英語圏の人の認識では歌詞や言い回しの時代の古い、新しいは見ても音楽の古い新しいはそこまで気にしていないらしい。

日本だと60年代の音楽を今の人が聴いて格好いいという人はそういないと思うが英語圏ではビートルズは格好いいと思うようだ。
それは他のもっと古い音楽にも言えるようで個性的で新鮮に映るらしい。日本でもそうかもしれないがそこまでではないと思う。
なので言い回しの流行は敏感でも音楽の古い新しいは大した問題でないというのだ。
なのでこの歌詞の文言の扱いはそういうことも熟知しているAIに手伝ってもらうのが一番良いことを示唆している。

しかし、その英語のニュアンスはネイティブでもない限りそこまで機微な表現まで認識しづらい。日本語でも同じことが言え、
今若者が使っている言葉は日本人ですら少し年が違うと分からないし、その流行り廃りも分からないから英語ではなおさら。

Shining sword is proof of the brave
Fight for people.She has a fate.
Among the chaos, such as a storm,
People will slowly decline.
We can see tomorrow? The way is not found.

この英文は私の楽曲「ride of Grorias」というものだが、Aメロ。

AIはコレを見て全体的にですます調で硬い表現が多いという回答を出してきた。
これをAIが今風の歌詞の雰囲気にどう変えたかと言うと

A shining blade, the mark of the brave.
She fights for the people—bound to her fate.
In the storm and rising chaos,
You can feel the world fade out.
Can we see tomorrow when the path is lost?

となる。
日本人にはその違いはよく分からない。しかし、全体的にですます調であり、説明的であり、硬い表現になっているらしい。
AIが私にレクチャーした英語歌詞の重要なポイントは音節、アクセント、子音の並び、音の跳ね方、メロディとの相性だった。

その前に私は実際のプロの英語の楽曲の歌詞を例にAiに見てもらったがAiはすぐに
映像が浮かぶシネマティックな描写、文法よりリズムを優先しているという評価を出してきた。
このようにAIは英語の表現手法を完全に熟知し、日本人の私にも分かりやすく説明してくれた。
そしてその歌詞は「砕けたラフな英語でもなければ、堅苦しい英語でもない、詩的で音楽的な英語」ということだった。
それは当然ウケるはずだと思った。しかし、文法の良し悪しはともかくそのような「詩的で音楽的な英語」を
日本人の私が作れるはずがない。しかし日本語で歌詞を作ればそれをAIに指示しロック調とかポップ調とか軽い表現とか
フォーマルな感じとかそういうニュアンスと言うか毛色を指示すればその日本語歌詞を英語の歌詞としてふさわしい
ものに仕上げてくれる。これはそうしないと翻訳ソフトでしただけではとんちんかんなものになってしまっているだけで
音楽の構成を台無しにするものになりかねない。

そうなるとどのようにAIのサポートを受けて歌詞を作らないといけないのか?(ここからが覚悟が要る)
1.日本語歌詞を作りながら、グーグル翻訳で音楽に合う英語にする。
2.AIにその歌詞を提示してプロンプトを入力、その歌詞がどんな英語にする必要があるか?を提示する。
3.その歌詞が音楽に合うかどうかを検証し、合わなければ何度でもAiにぶつけて合うまでやる。
4.ボーカロイドに歌わせる。
5.やっぱり音楽に合わないところがあれば修正する

こういったところだろう。ある程度堅苦しい英語でも音楽に合うところまで作り込んでからAIに書き直してもらった方が
音楽との整合性も比較的合いやすい。それは面倒なプロセスが1つ増えることになるが、やみくもに日本語で歌詞を書いて
AIに当てるよりはある程度自分のグーグル翻訳製の英語でも音楽にマッチさせておいてから深堀する方が時短は出来ると思う。

そして大事なのは作った音楽の方向性。AIによっては音楽を認識できるものもあるが、やはり制作した音楽の方向性や世界観は
自分で教えてやらないといけない。この上の方の歌詞も

「中世ヨーロッパの騎士の様な物語のテーマソングで女戦士の英雄伝説。
女性なのでしなやかな感じを残しつつ力強さもある。」など詳しい世界観を教えると
そういう方向性の英語歌詞に作り直してくれる。それはあくまでも自分の世界感や歌詞があっての話で
丸投げの話とは全く別の次元の話である。こういうことを踏まえた上で英語歌詞をAIに修正してもらうと
より英語圏で違和感なく聴けるモノになると思う。

※追記
AIが提案してくる英語歌詞もゴロが合うから即採用というのはちょっと待った方が良い。
ある程度意味を逆翻訳して日本語で確認する作業はいると思う。全部する必要はないがAIは結構
自信満々に言ってくるが歌詞の趣旨を理解せずに提案してくることがある。
なので日本語で作った歌詞がAIには完全な趣旨の理解が無理そうならあらかじめその旨を
伝えておくか、立ち止まって逆翻訳して自分の意図する趣旨に合っているかの確認をした方が良い。